【流されゆく日日05】excite

ブログトップ

2005年 10月 04日 ( 1 )

この文庫!/浅田次郎を通勤電車で読んじゃいけない、編

d0028933_2125380.jpg
しまった! 間違えて持ってきてしまった! 『椿山課長の七日間』(朝日文庫)=写真、後方は新潮社「波」10月号で、表紙は浅田氏。

読み落としていた浅田次郎本。きっと泣くだろうな…通勤電車の中で涙ぐむのはイヤだな…と通勤途中には絶対に読むまい、と思っていたけど。

★ 46歳で過労死した椿山課長と、間違えられて殺された心優しきヤクザの武田親分、交通事故死した7歳の雄太少年らが家族らに別れを告げるため、あの世から「現世」に舞い戻った。だが、彼らが見た家族たちとは…。

★ 「家族の絆」は浅田ワールドのキーワード。僕は、その中でも「父親」への慕情が突出していると思う。デビュー作の『地下鉄(メトロ)に乗って』、直木賞作の『鉄道員(ぽっぽや)』、短編『角筈にて』など、父親への愛と感謝を描いたもの。
なぜ、「母親」ではなく、「父親」重点なんだろう。普通、お涙頂戴なら「母親」でしょう。もちろん、『天国までの百マイル』もあるけれど。

★ 泣けた本文から…。
 その晩、ぼく(注=雄太少年)はおじいちゃんがかつぎこまれた病院で、陽ちゃん(注=椿山課長の子。7歳)とさよならをした(中略)。
 おじいちゃんは死んじゃった。まるで連れてってというみたいにぼくの手を握ったけれど、おじいちゃんとぼくは行き先が違います。(中略)陽ちゃんはグズグズです。むりもないけどね。ベンチの上でおしりをずらし、ぼくは陽ちゃんをだきしめた。感情をことばで言いあらわせないとき、人間はこうするしかないんだな(中略)。
 ぼくは陽ちゃんの耳元にささやいた。七年の人生の、思いのたけをこめて。
 「ぼくの分まで生きてね、陽ちゃん」(後略)

★ 「悲しさ・感情をことばで言いあらわせないとき、だきしめるしかできないんだ」は、仏教の同治(どうじ=慈悲の悲にあたる)に通じる表現。本当だよね、悲しいときは一緒に涙するしかできないよね。

……絶対に、浅田氏の術中に嵌まるまいと思っていたけど、ダメでした。読み落としていてよかった。

【泣かせるテクニックに嵌まったけど、まあ、いいか…泣けた度=★★★★☆】
[PR]
by suginami458 | 2005-10-04 21:25 | 小説・エンターテインメント